Nov 23, 2010
会計事務所の先生に機長指導をいただいて
青色申告をすることになった年に、税務署で無料の日記帳指導を案内して申請したところ、いくつかの会計事務所の先生を紹介しています。ただ私の場合、簿記3級の資格を持っていたので、知らない規則をガルチョダルラとだけすることができてしまうの舞だった。このため、会計事務所の先生は"教えることは何もない"との間にすねてしまい、"指導したと。 "と何度もさぼらされてしまいました。賃貸事務所に勤務したことある。ただのレンタルオフィスですが、店頭のようなものではなく、一般家庭の生活のような平凡なアパートである。急いでオフィスが必要になったので、そのような状況になったが、アパートの賃貸事務所には無理があると言わざるを得ない。勤務して大変なもありますが、お客様にアパートの住所を言うのも変なのがいるからだ。その点一般店舗などの賃貸事務所は、そんな不便なく、顧客との関係も良好に構築するのではないか。
「反民主党」の嵐が日本列島で渦巻いている。「政治とカネ」の問題をはじめ、マニフェストの「変節」や菅直人首相らの「失言」などが加わり、衆院での予算審議は早くも迷走気味だ。追及する野党側も、4月の統一地方選を控えて政権批判を強めるばかりで論議はかみあわない。9日の党首討論もそうだった。ああ、「熟議の国会」とは名ばかりなのか−−。【中澤雄大】
「無責任極まりないじゃないですか!」。通常国会が始まって2週間の7日、衆院予算委員会では自民党の小泉進次郎氏が子ども手当の地方負担問題などを追及していた。当選1回ながら「花形」の予算委員会で質問できるのも、サラブレッドゆえか。簡潔で分かりやすい弁舌を聞くうちに、「ポピュリズム政治家」とやゆされた父純一郎元首相の予算委答弁を思い出した。
「この程度の約束を守らないことは大したことではない」。今から8年前の03年1月23日。国債新規発行額30兆円の公約などを守っていないことを当時民主党代表だった菅氏に追及され、元首相はこう開き直ったものだ。野党の反発を招いたが、責任を取らされることもなく、かつてのように審議が止まることもなかった。思えば、「言論の府」であるはずの国会が軽くなったのは、この頃からか。
政治学者は今の議論をどう見るのか。「『熟議』なんて言葉を作るのはうまいけれど、飛びぬけて悪い国会。互いに自分の主張を言いっ放しで、議論が崩壊している」と指摘するのは、多くの政治家の聞き取り調査に取り組む御厨貴(みくりやたかし)・東大教授だ。「自民党政権時代は功罪があるにせよ、国対政治で事前調整して、それなりの議論の見せ場を作った。今は国対がほとんど機能しておらず、歩み寄りもできずに、表だけの“ガチンコ勝負”。菅首相もやっかいな政策を全部撤回したから、何がやりたいのか分からない。『税と社会保障の一体改革』を掲げても、目の前の予算を通すのにきゅうきゅうだから、国民が理解を示すわけがない。表の勝負の限界で、『3月危機』に向けて死の行進をしているようだ」と手厳しい。
自民党への期待感も高まらないことについては「野党慣れしていないから、谷垣禎一総裁が早々と『妥協しない』とタガをはめて民主党との協議ができなくなった。本来進めるべきの党改革も、先の参院選で勝利してうやむやだ。民主党を倒してから、次の一手を考えるのでは遅い。政党政治の基盤が壊れて、このままでは本当に議会制民主主義の危機ですよ」と語り、腕を組み直した。
政界のご意見番の意見も拝聴した。「55年体制と比べてプラスマイナス両面ある。野党の審議拒否が減った半面、質問も答弁も軽くなったなあ」と苦笑するのは、民主党最高顧問の渡部恒三・元衆院副議長。「俺の大臣時代、(政府委員の)担当局長が答えた細かな質問でも、今は首相が答える。まだ『政治主導』の言葉もなかった時だけど、何だか小者になったみたいだ」。政権交代から1年半余り。「ようやく与党に慣れつつある。もう少しだけ待ってほしいな」と柔らかな会津弁で語った。
だが、悠長に構えていていい時期は過ぎたようだ。東京・西新橋の個人事務所に「塩爺(しおじい)」こと、元自民党衆院議員の塩川正十郎・元財務相を訪ねると、開口一番、「君は昨日(6日投開票)の名古屋市長選の結果をどう見るかね」とのご下問を受けた。
民主、自民、みんなの党など既成政党への不満、失望の受け皿になったのでは、と答えると、塩川さんは「中央の政治家や公務員は、国民の気持ちを分かっていないからや。現在の社会生活不安から不満が強くなり、公務員や議員への批判が高まっている。河村たかし市長が掲げた10%市民税減税公約の善しあしは別にして、恩恵に浴している公務員や議会の在り方に一石を投じたのは評価できる。政治を変えるには、根本となる公務員制度を変えなきゃいかんのだよ。民主党はそれに反対してきたし、自民党もずっと保護してぬるま湯につかっておったんだから」とおかんむりの様子。最後に「指導者たる者、国家を担う責任を持って論戦に臨まなければいけない」との心構えを聞いて辞去した。
そういえば、御厨教授の言葉で気になる点があった。「名古屋や大阪の『大衆迎合』的な二元対立の手法は、小泉政権の劇場型政治をほうふつとさせる。こうした混乱が続くと、ニヒリズム(虚無主義)を生みだし、デマゴーグ(デマを用いて大衆を扇動する政治家)が出てくる可能性がある」と。
国会議事堂が現在の地に移転して75年。長年の風雪で汚れた外観は昨年お色直しを済ませたが、肝心の論戦が停滞したままでは、仏作って魂入れず、だ。ふと思い立って国会そばの憲政記念館に向かった。「憲政の神様」尾崎咢堂(がくどう)(行雄)の像に迎えられて2階展示室に上がると、パソコンで神様の声を初めて聞くことができた。
その余韻を胸に、昭和史に詳しいノンフィクション作家、保阪正康さんに会った。「尾崎は『こんな立派な議事堂ができても、そこに入る議員はそれにふさわしいといえるだろうか』と語ったそうですよ」。保阪さんが軍靴の音が高まる当時の議会状況を振り返って話してくれた。「20世紀は戦争の時代と言われたでしょ。できたばかりの議事堂で、当時の衆院議員、浜田国松は後に『腹切り問答』と呼ばれる命懸けの演説をして軍部を批判した。今はテロの危険性も少ないのに、予算委の論戦も言葉が無機質に行き来するだけで、重層的に胸に響いてこないですね」
それはなぜか。
「きっちりした人生観を持ち、ものの本質を語る政治家が減ったからでしょう。論理的に語っても、どこかきれいごとに聞こえる。世襲政治家が多いから甘えが見え隠れし、庶民の生活感からもかけ離れている。菅首相にしても市民派だけに期待したが、裏切られました。批判は得意だけど、ひとたび物事を作る側に回ると説明能力、エネルギーが欠けている。リーダーは態勢を立て直す時、失敗を隠さずに、いかに次につなげられるかが問われるものです」。こう語る保阪さんの表情はどこか浮かない。
それは今の社会状況が戦前とダブって見えるところがあるからだ。検察による証拠改ざん・隠蔽(いんぺい)問題しかり。かつて司法がファッショ化し、立法が治安強化と称して拡大解釈を続け、報道も規制されたように、社会基盤がゆがんできているように思えてならないという。「再び同じ歴史を繰り返すとは思わない。ただ時代が閉塞(へいそく)し権力による弾圧が始まると、かつて『反軍演説』をした斎藤隆夫のような真の政治家も生まれるものなんですが……」。歴史を知る人の言葉は重い。時代がそこまで至っていないことを願うばかりだ。
再び国会。予算委員会室を見ると、居眠りをする議員も少なくない。眠気も吹き飛ばす白熱した論戦こそが、国政不信を一掃する一番のカンフル剤なのは言うまでもないのだが−−。
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